ヘンリーと別れた私は、家へと続く道を一人歩いていた。
もうすぐ家――そう思うと、自然と足取りも軽くなる。
だって、早く龍に会いたいから。
出かける前に送ったメッセージに、『了解しました』とだけ返事が来ていた。
もしかしたら、心配しているかもしれない。
だから、直接会って話したかった。 前方に門が見えてきたところで、ふと足を止める。誰かいる。
龍かと期待したが、違った。
風に揺れる長い黒髪……凛とした、その立ち姿。
その姿には見覚えがあった。相川果歩さん。
彼女は私に気づくと、大きな瞳をまっすぐに向けてきた。
視線が合い……なぜか胸がざわめく。
果歩さんは、おしとやかな足取りでゆっくりとこちらへ歩いてくる。
そして、目の前に立ち、じっと私を見つめた。うぅ、なんだか緊張する。
「あの、何か?」
たどたどしく尋ねると、彼女の小さな唇が開いた。
可愛らしい声がこぼれる。「流華さん……二人きりで、お話したいのですが」
その表情は真剣そのもの。
瞳の奥には、何やら熱い感情が見え隠れしている。な、なんだろう。
すごく、深刻そうだけど。これ、もしかしなくても、龍のこと……だよね?
「は、はい。じゃあ、近くの公園で」
私の提案に、果歩さんは小さく頷き、美しく微笑んだ。
か、可愛い!
アイドル並みの可愛さに、少し儚さも相まって、守ってあげたくなる。 ……って、私は何を考えてんだ!?自分で自分にツッコミを入れつつ、照れ隠しのように歩き出す。
すると、果歩さんがそっと後ろからついてきた。 公園に着く頃には、太陽がゆっくりと地平線に沈みかけていた。茜色の光が公園を染め上げ、
いつもと違うその雰囲気に、妙な胸騒ぎを「うーん、私がとやかく言ったところで、決めるのは龍だから。 それに、私は龍のこと信じてます」 果歩さんの大きな瞳がさらに大きく見開かれた。 悔しそうに唇を噛み、黙り込む。 まあ、今はこんな風に言ってるけど。 ほんの少し前まで不安でいっぱいで、疑ってばかりだったんだけど……。 そう思うと、恥ずかしくなってきて、私は俯いてしまった。 すると、果歩さんは小さく笑った。「なるほど……。 龍さんが好きになるだけの人、ってことですね」 ぶつぶつとつぶやきながら、果歩さんは頷いている。 なんかだかよくわからないが、納得してくれたっぽい?「龍さん、デートの時もあなたのことばかり話すんです。 私、悔しくって。 いったいどんな人なんだろうって……」 果歩さんは、ギロリと鋭い目を向ける。 その迫力に、私は思わず一歩退いた。「龍さんがどんなに流華さんのことを好きなのか、わかっています。 でも、私だって龍さんのことが好きなの!」 果歩さんの瞳に涙が浮かぶ。 え!? 泣く? ど、どうしようっ。 可愛い女の子が泣く姿は見たくない。「流華さん!」「は、はい!」 突然の大声に、反射的に返事をしてしまう。 果歩さんは、ビシッと私を指差した。「宣戦布告よ! 私は龍さんを諦めないから、覚悟して。 ……確かに伝えたから、じゃあ!」 一方的に言い放った果歩さんは、怪しげな微笑みを残しながら風のように去っていく。「……え?」 取り残された私は、ただ呆然とその背中を見送るしかなかった。 さっきの果歩さん、迫力あったな……。 っていうか、美少女は怒ってもやっぱり可愛いんだな。 いや、そこじゃないだろ、重要なのは。 果歩さんから、宣戦布告されてしまった。 彼
ヘンリーと別れた私は、家へと続く道を一人歩いていた。 もうすぐ家――そう思うと、自然と足取りも軽くなる。 だって、早く龍に会いたいから。 出かける前に送ったメッセージに、『了解しました』とだけ返事が来ていた。 もしかしたら、心配しているかもしれない。 だから、直接会って話したかった。 前方に門が見えてきたところで、ふと足を止める。 誰かいる。 龍かと期待したが、違った。 風に揺れる長い黒髪……凛とした、その立ち姿。 その姿には見覚えがあった。 相川果歩さん。 彼女は私に気づくと、大きな瞳をまっすぐに向けてきた。 視線が合い……なぜか胸がざわめく。 果歩さんは、おしとやかな足取りでゆっくりとこちらへ歩いてくる。 そして、目の前に立ち、じっと私を見つめた。 うぅ、なんだか緊張する。「あの、何か?」 たどたどしく尋ねると、彼女の小さな唇が開いた。 可愛らしい声がこぼれる。「流華さん……二人きりで、お話したいのですが」 その表情は真剣そのもの。 瞳の奥には、何やら熱い感情が見え隠れしている。 な、なんだろう。 すごく、深刻そうだけど。 これ、もしかしなくても、龍のこと……だよね?「は、はい。じゃあ、近くの公園で」 私の提案に、果歩さんは小さく頷き、美しく微笑んだ。 か、可愛い! アイドル並みの可愛さに、少し儚さも相まって、守ってあげたくなる。 ……って、私は何を考えてんだ!? 自分で自分にツッコミを入れつつ、照れ隠しのように歩き出す。 すると、果歩さんがそっと後ろからついてきた。 公園に着く頃には、太陽がゆっくりと地平線に沈みかけていた。 茜色の光が公園を染め上げ、 いつもと違うその雰囲気に、妙な胸騒ぎを
やわらなかな風が彼の頬をなでると、心地よさそうに目を細める。 そんなヘンリーのことを見つめながら、 ひととき、前世の姫の気持ちとシンクロする。 こんなに純粋でまっすぐな人と一緒にいたら、姫も、きっと幸せだったんだろうな。 遠い記憶に想いを馳せていると、ヘンリーがそっとつぶやく。「流華……。僕、たとえ今別れがきたとしても、後悔はないよ。 ずっと全力で流華を愛してきたから。 自分のやりたいようにやって、想いを伝えて。 こうやって、たくさんの流華との思い出も作れて、本当に幸せ。 ……ありがとう」 なんだかヘンリーの様子がおかしい。 もしかして――「まさか、また……?」 私が不安な眼差しを向けると、ヘンリーは優しく微笑み首を振った。「ううん。今回は本当にいつ消えるのか、まったくわからないんだ。 でも、だからこそ。いつ消えてもいいように、僕は流華と過ごしてるんだよ」 そう言うと、ヘンリーは悪戯な笑みを浮かべる。「……でも、ちょっと龍に悪いかなって、反省中」「ふふっ、大丈夫よ。 龍はヘンリーのこと、認めてる気がするから」「うん、僕もそう思う。 僕も龍のことは認めてるよ。龍ならきっと、流華を幸せにしてくれるって。 でも――」 突然、ヘンリーの表情が険しくなった。「あいつはダメ! 流華、あいつはダメだよ!」 勢いよく体を起こしたヘンリーが私に迫ってくる。 ……ああ、“あいつ”って、相川さんのことか。 ヘンリーの意図を察した私は、思わず吹き出してしまった。「大丈夫、私、龍一筋だから」 その言葉に安心したのか、ヘンリーがほっとした表情で笑う。「うん! やっぱり流華には龍だよ」 そう言って、私の隣に座り直した。 太陽が傾いていき、橙色の光が芝生に色をつけはじめる……。 その
最初は少し抵抗があったものの…… ボートから見える景色に、心を奪われてしまった。 水面は穏やかで、ボートが進むたびにやわらかく波打ち、日光を反射してきらきらと輝く。 湖の周りには色とりどりの花々が咲き誇り、そよ風にゆらゆらと可愛く揺れる。 時折吹き抜ける風が木々の葉を揺らし、軽やかで心地よい音を奏でていた。 そして、どこからともなく聞こえてくる鳥のさえずり―― スワンボート、いいかも。 深呼吸すると、瑞々しい空気が体を満たしていく。「気持ちいー」 うんと伸びをすると、ヘンリーは満面の笑みを浮かべた。「うん! すごく楽しい。きっと流華と一緒だからだね」 その無邪気な笑顔を見つめながら、私は考え込む。 なんだかな……。 ヘンリーは、いつも純粋に私のことを想い続けてくれる。 それは正直、嬉しい。 だけど。 ヘンリーは平気なのかな? 私には龍という恋人がいて……振り向いてもらえないこと、わかってるよね? それに、私たちはいずれお別れしなくちゃいけない。 それは決まっていること。 どうして、そんなにまっすぐ愛し続けられるの?「……辛くないの?」 ぽつりと漏らした言葉に、ヘンリーは不思議そうな顔をした。「ん? 何が?」「え? そりゃ、私と一緒にいること」 ヘンリーは、言葉の意味が理解できないようだった。 首を傾げたあと、ニコリと笑った。「辛いわけないでしょ? 流華と一緒にいられるだけで、僕は幸せだよ」 その笑顔は、すごく幸せそうで……。 そんなヘンリーのことを見ていると、胸が温かいもので満たされていく。 この純粋さに……幾度となく、救われてきた。「ヘンリーって、すごく素敵な人だよね」「えっ、褒められてる? 嬉しいな、流華、大好き!」 テンションが上がったヘンリーは、その勢いのまま
「うわー、綺麗!」 視界に飛び込んできたのは、一面に広がる緑の絨毯。 周りを見渡せば、色とりどりの花畑が点在し、たくさんの木々たちが風に揺れていた。 見ているだけで、心が癒されていくようだ。 マイナスイオンのおかげか、空気も美味しく感じられる。 今日は、運よく晴天―― あたたかな日差しが降り注ぎ、空は青く澄み渡っている。 私は大きく深呼吸した。「……気持ちいい〜」 ヘンリーは目を輝かせながら、景色に見惚れている。 無邪気なその横顔が、子どもみたいで……自然と頬が緩んだ。「あー、なんだか思い出すなあ、ねっ!」 嬉しそうに笑いながら、私をまっすぐに見つめてくる。 思い出す……とは、前世のことだろうか。 確かに、前世の私たちは、よく草原でデートをしていたような気がする。「流華、行こう!」 ヘンリーは、私の手を取ると走り出した。 楽しそうに駆けていく彼の背中を見つめながら、たまにはこういうのも悪くないか、と思った。 すっかり彼のペースに巻き込まれているような気もするが……まあ、いいか。 ヘンリー楽しそうだし。 今日は付き合おう。 この前、お世話になったしね。 そう決めた私は、今を楽しむことに集中するのだった。 この広大なテーマパークは、一日ではとてもじゃないけど回り切れない。 それを知ってか知らずか。 ヘンリーは子どものようにはしゃぎながら、私を連れまわしていく。 パーク内を巡り、様々なアトラクションを楽む。 メリーゴーランドに始まり、動物の餌やり、迷路、アスレチック。 さらには子ども向けのゴーカートまで。 子どもが好きそうなアトラクションばかりを好むヘンリー。 彼に付き合うのは、かなりの羞恥心と闘わなければいけないことが多く―― かなり、疲れる。
「さてっと、今日はどうしようかなあ」 休日。特に予定のない私は、居間でスマホをいじりながらのんびりと過ごしていた。 ――ピンポーン。 玄関のチャイムが鳴る。 しかし、誰も出る気配がない。 ん? 今、みんな出かけてるのかな? 少し面倒に思いながらも、私は腰を上げ、玄関へと向かった。 「流華!」 扉を開けた瞬間、ヘンリーが勢いよく飛び込んできた。 驚く間もなく、思いきり抱きしめられてしまった。「ちょ、ちょっと、いきなり何?」 突然の行動に面食らい、目を白黒させる。 ヘンリーはそんな私を真正面から見つめ、意味深な笑みを浮かべている。「ふっふー。流華、今日は僕とデートして!」 満面の笑みでそう告げられ、思わず問い返す。「……なんで?」「なんでも! お願い、お願い、お願いー!!」 まるで子どものように駄々をこねるヘンリー。 こうなったら、なかなか引かないことはわかっている。 面倒だな……と思いつつ、私は観念した。「……わかった。今日はとくに予定ないし、付き合うよ」「やったー!」 ヘンリーは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。 ほんと、子どもみたいなんだから……。 あきれたように笑い、小さくため息をつく。「ちょっと待ってて」 玄関にヘンリーを残し、出掛ける準備をしながら龍と祖父の姿を探した。 しかし、二人の姿はどこにも見当たらない。 あれ? 今日って、組の総会か何かあったっけ? 仕方ないので、私は机の上に書置きを残しておくことにした。「あと、念のためっと」 スマホを操作し、龍にメッセージを送った。「よし、じゃあ、行きますか!」 こうして―― 何もなかった私の休日は、妙にテンションの高いヘンリーとのデートへと変わった。 どこへ